東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7090号 判決 1958年6月13日
原告 海老沢文雄
右代理人弁護士 小原栄
被告 藤原竜治
右代理人弁護士 下村栄二
山本政雄
主文
一、被告は原告に対し、金一四万円及びこれに対する昭和三二年九月一一日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、成立に争いない甲第六号証によれば、原告が昭和三〇年八月より昭和三一年四月までの間、三福不動産の商号をもつて宅地建物取引業法に基いて東京都知事の登録を受けていた宅地建物取引業者であることは明かである。
そこで被告の代理人藤原竜吉が原告に対し家屋買受の斡旋仲介を依頼したかどうかについて考えてみるに、被告が昭和三一年一月二五日訴外小北忠夫から、本件土地建物を代金三〇〇万円で買受けたことは当事者間に争いなく、証人蓬田愛子、同小北忠夫、同加藤木修一の各証言、原告本人尋問の結果と証人藤原竜吉の証言及び被告本人尋問の結果の各一部とを綜合すると被告は予てから他に家屋を買い求めたい希望を有し、被告の実父である訴外藤原竜吉に適当な家屋を探し求めることを依頼しておいたところ、右訴外藤原竜吉は昭和三〇年八月頃出入の魚屋である訴外加藤木修一の紹介で原告の使用人であつた訴外蓬田愛子と相知り、同月頃より同年一二月頃までの間、右訴外蓬田愛子が宅地建物取引業者である原告の使用人なることを知りながら同人より数軒の家屋の案内を受けたが、いずれも売買の交渉に入るまでには至らなかつたこと、そして同年一二月頃右訴外蓬田愛子より本件土地建物を案内されその所有者であつた訴外小北忠夫に紹介されて本件土地建物の売買の交渉に入り、結局前記のとおり被告は本件土地建物を代金三〇〇万円で買受くるに至つたが、右交渉にあたつては殊更右訴外蓬田愛子の介入を避けて直接売買当事者である被告・訴外小北忠夫間だけで取引を成立せしむるに至つたことが認められ、右認定に反する証人藤原竜吉の証言、被告本人尋問の結果の各一部は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右事実によれば、被告の代理人である訴外藤原竜吉が自ら進んで直接原告に家屋買受の斡旋仲介を依頼したものとは認め難いが、訴外蓬田愛子が宅地建物取引業者である原告の使用人なることを知りながら特に反対の意思表示をすることもなく、数回にわたり同人より家屋の案内を受けた以上、被告の代理人訴外藤原竜吉は原告に対し家屋買受の斡旋仲介を依頼したものと解するのが相当である。ところで一般に宅地建物取引業者が他より宅地建物の売買の斡旋仲介の依頼を受けた場合には、売買の相手方の誘引に始まり売買契約の完結に至るまで一連の事務を処理し、依頼者より受くる報酬もそれによつて支払われるのが通例である。そして右報酬額は、宅地建物取引業法第一七条第一項の規定に基き都道府県知事の定めるところによるのであるが、東京都知事が昭和二八年一月一日東京都告示第九九八号を以て前記法律の規定する報酬額について、依頼者の一方から(1)取引額二〇〇万円以下の場合は取引額の一〇〇分の五(2)取引額四〇〇万円以下の場合は取引額二〇〇万円までの部分について取引額の一〇〇分の五、取引額二〇〇万円を超える部分について取引額の一〇〇分の四(3)取引額四〇〇万円を超える場合は取引額二〇〇万円までの部分について取引額の一〇〇分の五、取引額二〇〇万円を超え四〇〇万円までの部分について取引額の一〇〇分の三、以上の限度を超えてはならない、と定めたことは当裁判所において顕著な事実である。そして原告本人尋問の結果によれば、右告示は宅地建物取引業者の受けることのできる報酬額の最高限度を定めたものではあるが、依頼者との間に特約の存しない限り依頼者から右最高限度の報酬額を受けているのが業者間一般の慣行であることが認められる。従つて前記のとおり被告は訴外小北忠夫より本件土地建物を代金三〇〇万円で買受けたものであるから、若し原告が終始右売買契約の斡旋仲介に関与していたならば、原被告間に報酬額について別段特約の認められない本件においては、右告示の計算に従い、被告は原告に対し金一四万円の報酬金を支払う義務があるものといわなければならない。
ところが本件においては、前記認定のとおり被告の代理人藤原竜吉は原告の使用人訴外蓬田愛子より本件土地建物の案内を受けその所有者であつた訴外小北忠夫に紹介せられるや、殊更右訴外蓬田愛子の介入を避けて右訴外小北忠夫と直接交渉をなし売買契約を成立せしめるに至つたものである。しかしながらこのような場合においても、原告が一旦被告に対して本件土地建物の売買契約の機縁を作らしめた以上、その後原告が斡旋仲介を終局的に断念したとか或は報酬金請求権を放棄したとか等特別の事情が認められない本件においては、原告が最後まで仲介したことによつて売買契約が成立したものと同視して、被告は原告に対して告示所定の報酬額を支払うべきものと解する。蓋し一般に宅地建物の取引を欲する者が業者に斡旋仲介を依頼する所以のものは、契約成立の最終段階において業者の経験知識等を利用できるためであるよりも、寧ろ自分の欲する取引の相手方を探し求める労が省かれ業者に依頼している多数の顧客中より容易に自分の取引条件に合致した相手方を選択し得る便があるために他ならない。従つて依頼者が業者に対し、自分が最も必要を痛感している取引成立の機縁を作らしめながら、爾後の交渉段階において業者の介入を排除して業者に対する報酬金の支払を免れしめることは、業者に不測の損害を与えることになつて不公平であるからである。
以上の理由により、被告は原告に対し金一四万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であること記録上明かである昭和三二年九月一一日以降右完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
二、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言は同法第一九六条による。
(裁判官 柴田久雄)